春 麦ばたけがうねりはじめ 波の音が聞こえるようになると
田んぼにはいっせいに水がはられ
このあたり一帯はキラキラと輝く海になる
山に囲まれ 鉄道もないこの土地で遠い外の世界の存在を意識する唯一のとき
いろいろな人に自分のパンが食べてもらえますように
やりたいと思うことがいまできないとしても
そのことを片時も忘れないでいてやりたい
そしていつでもはじめられるように準備しておこう
チャンスが訪れたときにしっかり捕まえることができるように
生きているとしあわせにはずっと浸っていられない
問題が次から次へとやってくる
それはパンも同じでいいパンが焼けるようになったと思ってもそれは一瞬のこと
問題はすぐにやってくる
そういうとき実はわくわくする
パンとしっかり向き合うことができるからだ
パンのことをもっと解ってやれるとき
パンをもっと美味しく焼き上げてやれるとき
子供の喜ぶ顔が見たいから
きょうもあの子の大好きなチョコレートを買って行ってやりましょう
気づいたときにはもう遅い
気づいたときには遅すぎた
子供は味覚バカになり
私は親バカになっていた
めさきだけのことしか見ていなかった私が悪かった
めさきのことしか見ていないときというのは
大事なものものを無視して生きている
対象となる人や物としっかり向き合うことをしていない
そして自分自身とも向き合うことをわすれてしまっている
何もかもうまくいってしまってはおもしろくない
能力を全開にして問題をのりきっているとき
恐怖と闘っているとき
人間としての喜び
自分の作りたいパンにどうしてもならないとき
いままでの経験で得たものを全部捨てて
まったく違った作り方をしてみたりする
そうするといままでまったく気づかなかったことが
みつけられるときがある
美味いものを食べると力が湧いてくる
おもいきり生きる力が湧いてくる
どんなにからだにいいといわれるものでも
まずいものは力にならない
パン生地を毎日いじっていて思うことは
手のひらというのは凄いということ
パン生地にパッと触れただけでさまざまな情報をつかみとる
いまは硬いパンをすべて手捏ねでやっているのだが
たまに手に切りキズなどをつくって手袋をはめて捏ねなければならないときがある
そんなときは生地の状態がさっぱりわからないので困ったことになる
ランニングをしていると車が走っていないほう走っていないほうへと進むことになる
だから近所の人しか知らないようなところもいろいろ知っている
でも車の走るような道はのことはたとえ家の近所でもさっぱりわからない
たとえばロングダッシュをしているとき
苦しくて苦しくてしかたがない
もうこれ以上進むと死んでしまうかもしれない
そういう恐怖と闘って闘って 勇気でその恐怖を押しつぶし
限界だと思っていたところを踏み越えたときの幸福感
生きることを感じさせてくれる一瞬
苦しみとしあわせは同じところにあるのかもしれない
楽しんで生きている人はいい顔をしているように
生き方はパンにもでる
妥協して生きていればパンもそれなりのものにしかならない
がんばって生きなくちゃ
僕の生きる原動力は
「負けてたまるか」
という自分には絶対負けたくないという思い
練習でものすごく苦しい思いをしているときというのは
らくになることばかり考えてしまう
腰を回す動作を腰を使わず手だけで済ませてしまったり
ランニングのとき近道を使いそうになったり
からだが勝手にらくな方に動いているときもある
そんなときは叱咤する
練習は苦しいもの なにかを身につけるためのもの それを避けていたら意味がない
好きなことをやっているんだ
もっと楽しんでいこう
大好きなことをおもいきりやっているとき
その人は誰がなんと言おうと世界でいちばんかっこいい
手間を省いてくれるもの
不便さを解消してくれるもの
クセのない食べ物
やわらかい食べ物
いま喜ばれているのは人間の能力を奪っていくものばかり
喜んでいる人の中には能力が衰えていることに
気づいている人もかなりいるだろう
でも本人はそのことと本気で向き合っていない
それはなぜか
それはラクだから いまの生き方がラクだから
ラクなこととしあわせなこととをいっしょのものと勘違いしている
すずらんが枯れた
白かった花が黄ばんできて
ポツリポツリと落ちはじめた
ひとつふたつと落ちていき
幸福が訪れるまえにすべてが散った
やっぱりしあわせは舞い降りてくるものじゃなくて自分でつくっていくもの
あと何年からだは動いてくれるだろう
からだが動かなくなるまえにおもいきり動かしておいてやりたい
やりたいことがあればやればいい
そりゃあ やらないほうがラクだけど
そこでは喜びなんてこれっぽっちもみつけられない
苦しみがあるから生きられる
苦しみがあるからがんばれる
苦しみと闘っているときの幸福感
この世に苦しみがなかったら なんてたいくつな人生
生きている価値もない世界
がんばれるということがすてきなこと
自分の気持ちに正直に懸命に生きていれば
どんな結果になったとしても満足して生きていける
「もういつ死んでもいい」
そう思えた時期がある
一年間大好きだったことをおもいきりやって生きた
でも生きていればどんなに素晴らしい体験も
過去は過去でしかなくなり
いまの喜びには絶対かなわない
あることがやりたい
でもできない
ああだ
こうだ
いろいろ理由をつくってみる
でも本当は大変そうだから
怖いから
人間はみんな弱いもの
その弱さに打ち勝つ勇気がだせるかどうか
勇気は僕にとっても最大の課題
勇気が出せなかったばっかりにずっと中途半端に生きてきた
勇気を出すことは自分が欲しいと思うものを手に入れるときの通過儀礼
このごろの僕は勇気が欲しいために勇気を出している
とりあえず動いてみることにしよう
問題にぶつかったらそのたびに対処していけばいいや
動いてみないことには その場に行ってみないことには
本当の問題なんてわからないのだから
ある物は「これこそ世界一だ」という人が1000人
ある物は「これこそ世界一だ」という人が1人
1000人だろうが1人だろうが「世界一だ」
と思っている人にとってみればそれが世界一
人の価値観は人それぞれ
数になんて惑わされないで
自分を信じて生きていきたい
今年も一年あっというまだった
生きられたとしてもこれがあと40回か50回か
そんなものだろう
人間なんてそう長く生きられない
やりたいと思うことは一杯あったが
たったこれっぽっちの短い人生なら
いろいろやってみたところでどうせ表面だけの面白さしか体験できない
それなら本当に大切なものの中に深く深く入って生きたい
26歳のとき東京から田舎に戻った
それからしばらくここは僕にとって何もなくてつまらないところだった
でもそれは勘違いで
人のつくったものにあまりにも依存して生きてしまったようだ
誰かが作ったもののなかで生きていても
心底満足できるような喜びは得られない
たのしいことは自分でつくりだしていくもの
ここでは人間の持っている能力を全開にして生きていける
そんな生き方をしているとこころだけでなくからだじゅうが喜びだす
細胞ひとつひとつがはじけだしからだの底から生きる力が湧きあがってくる
あまりにも多くのものに依存して生きていた
なれというものは恐ろしく
人間の持っているさまざまな能力を奪っていく
そのことを気づかせないように
人間をとりもどす しあわせになるための絶対条件
停電になったどうしよう
なんにもできない自分がいる
大雪が降ったどうしよう
なんにもできない自分がいる
でも 時が過ぎれば忘れてる
そんなことは忘れてる
らくな暮らしに浸りこんでしまったら
そんなことは忘れてる
誰かがやってくれるから
誰かがたすけてくれるから
近くの神社に大きな切り株がある
つらいことがあるとよくそこに座って遠くを走る車をボーっと眺めている
そこから見る世界はとてもゆったり動いていて
車たちものんびり気持ちよさそうに動いている
音もどこか遠くのほうから聞こえてくる
その不思議な世界にいるといつの間にかつらいことはどこかに吹き飛んでいる
自分の意思以外のものが入ってくれば
どんなにがんばったところでどうにもならないときはどうにもならない
いま自分にできることは
自分にとって本当に大事なもの(パン作りとボクシング)を思いっきりやって生きること
学校ではみんなを同じ型にはめ込ませて同じような人間に育てようとする
だから学校では自分にウソをつかなければ生きていけない
人にウソをつかなければ生きていけない
だからこの国はウソつきだらけ
そしてこんなお国になりました
そんな人たちから問題児といわれる人たちがいる
純粋すぎるほど純粋で
素直すぎるほど素直な人たち
傷ついたウソをつけない人たちは
こころを閉ざして こんな世界にゃ住めないと
別の世界へ旅にでる
そこは それはそれはさびしところ
それでもあんな場所よりはここがいい
ああ もっと魂をぶつけていける場所
ああ もっとこころが開ける場所
ああ 問題児のいない場所
店が終わる
あまったパンをビニール袋に詰め込むときのやるせなさ
ビニール袋にパンを入れ封をした瞬間パンに入り込んでいた僕の魂は消滅する
ここまで落ちたんだ
何を怖がっているんだ
自分の気持ちのままに動けばいい
ありのままの自分でいればいい
大好きなことをやっている時間がある分
それとは別の時間のさびしさは
耐えがたいものになるときがある
小さい頃に生まれ育った環境のなかで僕はかたちづくられた
おとなになるとその形づくられてしまったもののなかからぬけだしたくてもがき苦しんだ
でもどんなにがんばってもがんばっても
そこからは完全にはぬけだすことができなかった
きっと死ぬまで闘い続けることになっているんだ
自分には想像することができなかった
こんなにも弱いこころを持った人がいるなんて
自分が耐えられたからといって人も耐えられるとは限らない
自分の尺度で人をみてしまっていてはなにもみえない
人はひとりひとりなかみが違う
人はそれぞれ生まれ育った環境が違うのだから
強く生きたいと一番思っているのは
その人自身
だから何も言わなくていい
問題には正面からぶつかっていくことにした
ほかのことでまぎらわそうとしても何も解決しないことがわかったから
30年こんなにつらい思いをしてきたのだから
勇気を出して強く生きてやらなきゃ自分がかわいそうだ
しあわせでいっぱいのとき
人は欲がでる まもりに入ってしまう
自分のこころがみえなくなる
だから しあわせだと思っているときは気をつけていないと
本当はもうしあわせではなくなっているときが多い
さびしとき 苦しいときというのは
自分のこころと真っ正面からぶつかって生きている
本当はそういうときのほうがしあわせなのかもしれない
人の評価を気にしてつくっていたらろくなものができない
自分の思いを おもいきりぶつけて
自分のすべてを いままで生きたすべてをぶつけて
たのしい人生を送ろうと思ったら まずやるべきことは
人から評価されようという考え 自分と人とを比べること
それらをどこかにおっぽり出すこと
そして もっと自分と向き合って生きていくんだ
自分にも人にもウソをつかないで生きる そういう生き方は
いまのこの国ではとても大変なこと それでもウソをつかずに
おもいきり生きてみないか
どこかでひとつウソをつく 魂はガタガタと崩れ落ち
気がつけばウソだらけの日々 限りのある人生
自分の弱さ 負けてたまるか 負けてたまるかと押しつぶし
どんなことになっても納得して生きて行きたいから
ウソをつかずにおもいきり生きてみないか
がんばれ がんばれ
でも生きていれば がんばることができない 動くことができない そういうときもある
そのときは 休めばいい ゆっくりゆっくり休めばいい
自分のことをいちばんわかってやれるときだから
ひとにはそれぞれペースがある そのペースを乱して生きていると
こころもからだも病んでくる
だから自分のペース大事に大事に
ありのままの姿でいるとき
ひとはいちばん輝ける
そして とっても とっても かっこいい